「安全通貨として円が買われ、一層の円高が進み、円は○○円の史上最高値を更新した」。頻繁に聞かれるこのマスコミの報道に、違和感を覚える方も多いのではないのだろうか? GDP比で200%近い累積政府債務を抱える日本の通貨が、なぜ安全通貨なのか?
覇権国としてのアメリカの世界での地位は年々低下しているとはいえ、基軸通貨としてのドルの地位が揺らぐ気配はない。ギリシャやイタリアの累積政府債務を理由にユーロが売られるのなら、円はとっくに最弱通貨として売り込まれているはずだ。
この謎を読み解くには佐々木融氏著の『弱い日本の強い円』がひとつのヒントを与えてくれる。
まず、円は本当に〝安全通貨〟として買われているのか? という疑問がある。この点についての佐々木氏の解説はこうだ。
「米国金融危機や欧州の財政問題悪化を受けて、投資家のリスク許容度が著しく低下し、円高となった時、『米国や欧州を嫌った投資家が、消去法的に買っている』などとまことしやかに語られることがあったが、顧客の資産を預かる責任ある投資家が、どこも投資する先がないといって消去法的に投資先を探すなどという行動をとるはずがない。リスク許容度が低下したときに円が買われるのは、円を資本調達先として高金利通貨やエマージング市場に投資を行っていた投資家や企業が、リスクを避けるために海外投資を手仕舞い、円を買い戻しているからである」
これがマスコミの報道では「避難通貨として安全な円が消去法的に買われた」となるわけだ。
日本の財政赤字拡大は円安にはつながらない
ギリシャやイタリアの財政赤字がこれだけ世界的な問題となり、これがユーロ安を誘引しているのに、なぜ日本の財政赤字は円安要因とならないのか? これも投資家の素朴な疑問だろう。
再び佐々木氏。「日本の国債はそもそも95%程度を日本人が保有しており、かつ、日本は世界最大の純債権国である。通常、財政赤字を懸念して当該国の通貨が売られる場合は、その国の財政赤字の大半が海外投資家によってファイナンスされている場合、つまり、当該国の国債保有者の多くが外国人投資家の場合である」
「仮に、日本の財政赤字がさらに拡大することを懸念して日本の投資家が日本国債から逃げ出したとしても、こうした性質の投資資金が為替リスクを取りながら海外の債券に投資されるとは考えづらい。基本的に日本国債から逃げ出した投資資金は損失を恐れて、結局は日本円に滞留するであろう。もともと為替リスクをとってまで外国債券に投資されるような類の資金ではないのである」
「日本はすでに世界最大の純債権国であるから、日本の投資家や企業が急激な景気の後退、市場の暴落等に直面した場合に採る手段は、海外へ資金を移すことではなく、海外に投資している資金を国内に戻して、手元資金の減少を穴埋めすることである。つまり、投資家のリスク回避志向が強まった場合には、純債権国である日本にはお金が戻ってくるので円高になる」
日本の財政赤字拡大は巷間言われるごとく将来的に超円安を生み出すのではなく、むしろさらなる円高要因となるというのが佐々木氏の見立てだ。
抽象的に何か日本にとってよいことがあったら円高、悪いことがあったら円安と単純に考えることはできないようだ。
中期的な為替相場の動きを分析するときは、資本フローがどのような経済環境でどちらに向かっていくかを分析・理解する必要があるということだ。
為替は長期的には「インフレ率」と「購買力平価」に左右される
佐々木氏は為替相場を長期的に左右する要因として、「インフレ率」と「購買力平価」を挙げている。
「円は1990年以降の過去の21年間でみると、最強通貨である。なぜかと言えば、それは単純に主要国でインフレ率が最も低かったからである」
「物価が下落する現象を『デフレ』と言うが、デフレは『物の価格が下落する』ことを意味すると同時に、『通貨の価値が上昇する』ことも意味している。つまり、日本経済が長期間デフレ下にあったという事実は、円という通貨の価値が長期間上昇を続けていたという事実と同義なのである。つまり、長期間でみると購買力平価は一定程度成り立っているのである」
購買力平価というと何やら難しく聞こえるが、佐々木氏の説明は単純明快。
「逆にいえば、長期間でみて購買力平価が成り立っていなければ、世界はおかしなことになってしまう。もしも世界の物価上昇率の差で為替相場が調整されず、デフレが続く日本の円が下落を続けたとすると、世界中の人が日本を訪れて買い物をしまくるようになる一方、日本人はほとんど海外旅行に行けなくなっているはずである」
「物価の下落が続く日本の円が弱くなっていくのだから、外国人にとっては円がどんどん割安になり、さらに物価も下がっているわけだから、日本に来たら何もかもが安く見えて、王様や王女様にでもなった気分になるだろう。一方、日本人は外貨がどんどん高くなっていくことに加え、海外では物価が上昇しているのだから、海外旅行などはほとんど不可能になってしまうわけだ」
為替市場をみる場合は、中期要因と長期要因を明確に分けて考える必要がある。「デフレの終息」と「インフレの進行」。円相場が大きく舵を切るのはその時だ。
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